「西瓜糖の日々」 リチャード・ブローティガン

おやすみ図書の12冊目は静かな夜にふさわしい、西瓜糖の世界の話を描いたこちらの一冊にします。

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「西瓜糖の日々」
リチャード・ブローティガン
藤本和子
河出書房新社



いま、こうしてわたしの生活が西瓜糖の世界で過ぎていくように、かつても人々は西瓜糖の世界でいろいろなことをしたのだった。あなたにそのことを話してあげよう。わたしはここにいて、あなたは遠くにいるのだから。


わたしはアイデス(iDEATH)のすぐ近くの小屋に住んでいる。窓の外にアイデスが見える、とても美しい。


小屋は小さいが、わたしの生活と同じように、気持の良いものだ。ここのものがたいがいそうであるように、この小屋も松と西瓜糖と石でできている。


アイデスの近くでわたしが書いているこの物語も含めて、ここでは、西瓜糖で実にいろいろな物をつくる。ーそのことを話してあげよう。
そう、なにもかも、西瓜糖の言葉で話してあげることになるだろう。


このようにして始まるお話です。
澄明で静かな西瓜糖世界の人々の日常とそこで起こる事件が、穏やかな調子で話されていきます。

暮らしのほとんどの部分が西瓜糖でできているというこの物語の世界は、わたしたちのいる現実から「何か」を失わせた世界です。そして「何か」のあった場所には西瓜糖が詰められています。ですがその「西瓜糖」が何なのか、読者はよくわからないままなのです。西瓜を原料にした砂糖の一種が「西瓜糖」なのだそうですが。
書いてあるのはただ彼らが、西瓜糖を中心にした生活をとても気に入っているということだけです。

この本では、<アイデス>の人々の死を美しいイメージで描いている事が印象的です。人々は死ぬとガラスの棺桶に灯と一緒に入れられ、棺桶は川に沈められます。夜になると川の底に沈むガラスの棺桶に入った灯で、川が柔らかく光るのだそうです。それがとても美しいので、人々は自分が棺桶に入る日を楽しみにしている位なのだそうです。
また<アイデス>の人々の対比として<忘れられた世界>の入口に住む人々の事も描かれていて、物語に大きく関係してきます。
それから、昔アイデスの人たちを食べて生きていた美しい虎たちの事もこの本では書いてあります。虎たちは人の言葉、とても理性的な言葉を持っていた事なども、物語にとって重要な要素として描かれています。
それからマーガレットのことも。マーガレットのことは、本で実際に読んでほしいです。


物語全体に死の気配がただよう本ですが、それはひんやりした布団シーツの様に心地よく、夜寝る前に読むととてもいい具合だと思います。美しい詩のような本です。

私がお布団に入る時、この物語のガラスの棺桶の様に、美しい灯を持って布団の底に沈む様に眠れたらいいなあと思います。