エスプリのきいた99の文体練習 レーモン・クノー『文体練習』

「おやすみ図書」というテーマで自分の好きな本を紹介するのなら、間違いなく最初に紹介したいのは、エスプリのきいたこの本。
甘い夢が見れるかは分かりませんが、ユニークな夢は見れそうなのです。

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『文体練習』
レーモン・クノー 朝比奈弘治 訳
(朝日出版)



冒頭の1つの例文を、99の文体で表現するというまさに「文体練習」な一冊。
何が面白いって、その例文が
「ウソでしょ」
と思うほど、全く面白くないのです。
心底乏しい内容の例文を、
「複式記述」風に書いてみたり
「控えめに」(控えめな表現で。控えめなんだけど割と失礼な物言いで笑ってしまう)
「隠喩を用いて」
「あらまった手紙」風文体
アニミズム」(に傾倒した人の文体)
「新刊のご案内」風文体
「意想外」なオチになるような文体
物語、会話、手紙、戯曲、隠語、古語、専門用語……
と、ありとあらゆるバラバラな文体で表現していきます。
大真面目な、格調の高い雰囲気の本なので、
はじめて読んだ時は「笑うのは不謹慎なのかな」と少し罪の意識すら感じましたが…。
エスプリ」とは、こういう事を言うんだな、と大きな学びにもなった美しい名著。

(あとがきによると、実際フランス語を学ぶ外国人の為に教科書として使われる事もあるんですって。たしかに表現の幅は広がりそう…)

邦訳の言葉の遊び方や本文のデザイン細部までユーモアと美意識が行き届いている事にも驚かされます。翻訳者の方、装丁者の方への尊敬も止まらない一冊。


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(余談)

私はこの一冊ですっかりレーモン・クノーのファンになり、その後別の作品も何冊か読みました。
そのどれもが実験的で、とても面白いです。

レーモン・クノーのお話は初期設定に忠実かつ容赦がない所が魅力ですが、何故こうも実験的になれるのかしらと思っていると、彼は数学者としての側面もある事に思い至ります。
それで私は「数学も面白いのかもしれないな」とはじめて気づきました。

そんな学問への扉(大げさですが…)も見つかったりして。
本との出会いで、人はどこまでも遠くにいけますね。

レーモン・クノーは『地下鉄のザジ』でお馴染みですが、先程書いた通り他の著作もとても面白いので、また機会を改めて書きたいと思います。