『僕の名はアラム』 ウィリアム・サローヤン

14冊目で馬のことを考えていたら
どうしてもこの本のことを思い出してしまって、読み返すとやっぱり面白いんです。
という訳で、おやすみ図書の15冊目は「村上柴田翻訳堂」シリーズよりこちらの本に致します。

……………………………………………………………..
「僕の名はアラム」
ウィリアム・サローヤン 著
柴田 元幸 訳
新潮文庫



カリフォルニア州フレズノに暮らすアルメニア系移民の子、アラムの少年時代のお話。

短い話がたくさん集まってひとつの本に構成されていて、それらは決して明るいだけの内容ではないのですが、同時に暗いだけの内容の話もひとつもありません。少年アラムによって認識される世界はどれもが喜劇的なユーモアに満ちていて楽しいです。

どのお話も面白いのですが、私が1番好きなのは「美しい白い馬の夏」というお話。
ある夏の日の早朝、いとこのムーラッドが盗んだ馬に乗ってアラムの所にやってくる所から始まり、2人が元の飼い主に馬を返すまでの事を描いた話です。盗んだ方も盗まれた方も深刻になる事もなく、
「えっ、そんな感じなの?」
と私は逆に驚きましたが、そういう感じなのでリラックスして読める楽しいお話です。

私はまだ馬を乗りこなせないアラムと既に馬の扱いを心得ているムーラッドが何気なく話している所が特に好きで、その部分を読めた事だけでもこの本に出会えて良かったと思います。

馬たちには俺の気持ちがわかるんだ。
どうやってそんなことできるの?と僕は言った。
馬と気持ちが通じ合ってるのさ。
うん、でもそれってどういう気持ちなの?
素直で正直な気持ちだよ。
ふうん、僕もそんなふうに馬と気持ち通じあいたいな。



素直で正直な気持ちだよ。
ふうん、僕もそんなふうに馬と気持ち通じあいたいな。


私の現実にあった事でもない、本で読んだこの何気ない会話は、今でもふとしたタイミングで思い出されて、そよ風の様に頭の中をふわりと通り過ぎていきます。

『馬語手帖』 河田桟

おやすみ図書の14冊目は、馬語を学ぶためのこちらの本に致します。

……………………………………………………
「馬語手帖 ウマと話そう」
河田桟 著
カディブックス



こちらは、馬と対話する為に必要な基本知識を身につける事ができる本です。

小学校の教科書のようなやわらかい言葉で書かれていて、
「注意深く馬の事を見つめよう」
「馬はとても賢いから、そういう人間の機微にも気付いているよ」ということ、
それからとても具体的に、馬の仕草などから馬の状況や感情を理解する知識が紹介されています。


私はこの本を偶然本屋さんで見かけて購入したのですが、なぜこの本を購入したのか自分でもよくわかりません。
とても実践的な内容ですし、淡々と馬の感情サインを紹介しているというシンプルな本なのですが、
なんだか理屈ではなく、良い本なんです。


「そうか、馬がこういう感じの時はご機嫌なのか」
なんて事を思いながら気づくと夢の中で
私は慎重に心をこめて、私の馬を見つめているのです。

『フローラ逍遥』 澁澤龍彦

おやすみ図書の13冊目は、図録の美しさに心奪われるこちらの本に致します。

……………………………………………………
「フローラ逍遥」
澁澤龍彦
平凡社


毎回ひとつの花をテーマに記憶の中や心をおもむくままに散歩する、澁澤龍彦のエッセイ。
ふわふわと心地よい読書が楽しめます。

澁澤龍彦といえばエロティシズム、グロテスク、という印象が強いので、こんな風に素直な文章を書かれる人なんだ、意外な気持ちで読みましたが、定期的にサド侯爵の話が登場するので
「ああ。澁澤龍彦だ」
と、不思議な安堵を感じます。それもまた楽しい。

それにしても、文章と挿絵のようにはさまれる図録が一体となった時の、この魅力よ!

穏やかで美しい本です。
午睡時にうつらうつらと読むにもいいなぁと思います。

「西瓜糖の日々」 リチャード・ブローティガン

おやすみ図書の12冊目は静かな夜にふさわしい、西瓜糖の世界の話を描いたこちらの一冊にします。

……………………………………………………
「西瓜糖の日々」
リチャード・ブローティガン
藤本和子
河出書房新社



いま、こうしてわたしの生活が西瓜糖の世界で過ぎていくように、かつても人々は西瓜糖の世界でいろいろなことをしたのだった。あなたにそのことを話してあげよう。わたしはここにいて、あなたは遠くにいるのだから。


わたしはアイデス(iDEATH)のすぐ近くの小屋に住んでいる。窓の外にアイデスが見える、とても美しい。


小屋は小さいが、わたしの生活と同じように、気持の良いものだ。ここのものがたいがいそうであるように、この小屋も松と西瓜糖と石でできている。


アイデスの近くでわたしが書いているこの物語も含めて、ここでは、西瓜糖で実にいろいろな物をつくる。ーそのことを話してあげよう。
そう、なにもかも、西瓜糖の言葉で話してあげることになるだろう。


このようにして始まるお話です。
澄明で静かな西瓜糖世界の人々の日常とそこで起こる事件が、穏やかな調子で話されていきます。

暮らしのほとんどの部分が西瓜糖でできているというこの物語の世界は、わたしたちのいる現実から「何か」を失わせた世界です。そして「何か」のあった場所には西瓜糖が詰められています。ですがその「西瓜糖」が何なのか、読者はよくわからないままなのです。西瓜を原料にした砂糖の一種が「西瓜糖」なのだそうですが。
書いてあるのはただ彼らが、西瓜糖を中心にした生活をとても気に入っているということだけです。

この本では、<アイデス>の人々の死を美しいイメージで描いている事が印象的です。人々は死ぬとガラスの棺桶に灯と一緒に入れられ、棺桶は川に沈められます。夜になると川の底に沈むガラスの棺桶に入った灯で、川が柔らかく光るのだそうです。それがとても美しいので、人々は自分が棺桶に入る日を楽しみにしている位なのだそうです。
また<アイデス>の人々の対比として<忘れられた世界>の入口に住む人々の事も描かれていて、物語に大きく関係してきます。
それから、昔アイデスの人たちを食べて生きていた美しい虎たちの事もこの本では書いてあります。虎たちは人の言葉、とても理性的な言葉を持っていた事なども、物語にとって重要な要素として描かれています。
それからマーガレットのことも。マーガレットのことは、本で実際に読んでほしいです。


物語全体に死の気配がただよう本ですが、それはひんやりした布団シーツの様に心地よく、夜寝る前に読むととてもいい具合だと思います。美しい詩のような本です。

私がお布団に入る時、この物語のガラスの棺桶の様に、美しい灯を持って布団の底に沈む様に眠れたらいいなあと思います。

『ポテトブック』 マーナ・デイヴィス

おやすみ図書の11冊目は、ギフトにもおすすめなこの一冊。「ポテトに関して、あなたが知ってなきゃならぬことのすべてを詰めこんだ」この本にいたします。
……………………………………………………
ポテトブック
マーナ・デイヴィス 著
伊丹十三
トゥルーマンカポーティ
河出書房新社



ポテトに関するありとあらゆる事が載っている本です。
そしてこの本の全てが「ポテトブック」という名前にふさわしい具合になっています。
まずはポテト畑の真ん中に家が建っているというトゥルーマンカポーティにのる序文からはじまり(この序文のチャーミングな事、ユーモラスな事!) ポテトの歴史、ポテトの保存方法、有名なポテト料理のレシピ、様々な家庭で作られる個人的なポテト料理のレシピ、ポテトのおやつ、ポテトのゲーム、ポテトを使ったダイエット法……ありとあらゆるポテトに関する情報がこれでもかと詰め込まれています。

あまりにもポテトだらけで(そりゃ、だから"ポテトブック"なんでしょうけれども)突き抜け具合がずば抜けています。内容に冗談や偽りといった「茶化し」がない所がまた、グッとくると言いますか、すごく良いんです。
翻訳者の伊丹十三は、ここに書かれたポテト料理を片っ端から作っては家族に食べさせたそうで、どれも目新しくおいしかったそうですよ。

食べ物に関する本でつまらない本はほとんど見たことがありませんが、この本の面白さは突出しているんじゃないかしら。装丁も素敵ですし、沢山の様々なテイストのイラストレーターがこの本の挿絵に参加しているのもユニーク。

こちらはそんな本です。面白いってこういう事を言うんだなあ。

ポテトだらけな内容なだけに、ホクホクした気持ちで心地よい眠りへ案内してくれること請け合いです。

『三島由紀夫 レター教室』 三島由紀夫

おやすみ図書10冊目は、手紙の文例集・お手本でもあり小説にもなっているという、ユニークなこちらの本にいたしましょう。

……………………………………………………
三島由紀夫 レター教室』
三島由紀夫
ちくま文庫


このレター教室は、すこし風変わりな形式をとります。
5人の登場人物がかわるがわる書く手紙をお目にかけ、それがそのまま、文例ともなり、お手本ともなるという具合にしたいと思います。

という冒頭の文章から始まる、三島由紀夫の小説形式の「レター教室」です。
この本で繰り広げられるのは職業も年齢も異なる5人の登場人物の手紙のやりとりのみ。私たちはこの人物たちの文通を通してストーリーを楽しみながら「手紙の書き方」を学ぶという具合になります。
とはいえ作者は三島由紀夫
当たらず障らずの毒気のないテキストであるはずもありません。
私たちは中年たちの手紙を読んでは「屈折しているなあ」と呆れたり、若者たちの手紙を読んでは理想と現実との差にがっかりします。それから愉快な気持ちになったり、我が身を振り返って半目をとじようと思ったりします。


さて、「文例」という話では、この人たちのお手紙は本当に表情豊かで楽しいです。
憎まれ口な文面は、相手を楽しませるちょっとした遊びであるという事も学べますし、好きでもない相手からもらった手紙でも、真心が通じれば宝物になる事がある事も知ります。
とにかくここに出てくるお手紙は、読ませ方が魅力的でうまいんです。そしてお返しの手紙もとてもうまい。煩悩は深いけど、なんてセンスのいい5人なんだ。

文例に出てくる5人は間違っても心清らかな人物ではありませんが、時々変に相手に肩入れしたり、純情になったりする所があって、どんなに意地悪を仕掛けていても、冷たくなりきれない所があります。隙があって別の人につけ込まれたり、なのにそれがきっかけで仲良くなってしまったり。いつでも何となく根明なムードが漂っています。

私たちはこのお話が「文例集」という事を忘れて楽しんでしまいますが、本を閉じた後、
こんな楽しい手紙を出したいし、もらってみたいな。
そう思ってワクワクしてしまう事でしょう。
もちろんその時は、この本のような邪なお手紙ではなく、でもこんな風に豊かで楽しく。
昔の人って本当にこんなに表情豊かにお手紙を書いたのかしら。それとも三島由紀夫だからこその文章なのかしら。

お布団の中でそんな事を思っている内に、私たちはきっと、お手紙を書きたい相手の事を考えながら眠りにつくのです。


さて「文例」という形で描かれた5人の物語はどんどん気を抜けない展開になっていきます。
どう控えめに言っても最高に面白いので、是非ご自身でご確認くださいね。

『ミス・マナーズのほんとうのマナー』 ジュディス・マーティン

おやすみ図書9冊目は、アメリカの新聞の人気コラムを本にしたという、こちらのマナー本にしようと思います。

人間関係やマナーの事でモヤモヤしてうまく眠れない時、この本があればきっと心が軽くなって安眠できる事請け合いです。

こちらはそんなとてもありがたい本、寝室にあって損はない一冊です。
装丁もとても洒落ていますし、真面目ですが大いに笑えますので、心が乾いてしまった時の処方箋として持っておく事もおススメです。

……………………………………………………
『ミス・マナーズのほんとうのマナー』
ジュディス・マーティン
片岡しのぶ 金則光 共訳
暮らしの手帖社



「親愛なるミス・マナーズ」
から始まる投稿者からのマナーのお悩み相談に、マナーに関して知らないことは無いという《マナーの権威》ミス・マナーズが回答するという本。

「こんな事まで聞いちゃうの?」
と言いたくなる程、投稿者の質問は節操がなく呆気に取られますし、何を聞いてもキッパリと淀みなく回答するミス・マナーズにも
「これも守備範囲内なんだ」
と驚かされるばかりです。


ミス・マナーズはマナーに関する深い知識でどんな質問にも答えてくれますが、注目したいのは、その公平さです。
格式のあるパーティに関する質問でも、人間関係に関する質問でも、鼻の穴の掃除に関する質問でも、全く同じ表情で答えるマス・マナーズの態度の美しいこと。
また、清々しい程ドライでもあります。
それを象徴する一文はこちら。
「マナーとモラルは別物で、ありがたいことにモラルは私の分野ではありません。」


憂鬱な答えがひとつもない、愉快痛快な1冊。

あまりに面白いのでふつうに読みものとして楽しんでしまいますが、ちゃんと最後にお悩み毎の目次索引がある所も素敵です。