おやすみ図書22冊目 『りこうすぎた王子』ランドリュー・ラング

王子さまと一言で言っても色んな人がいるものです。 おやすみ図書の22冊目は王子さまつながりで参りましょう。岩波少年少女文庫より、こちらの本にいたします。

王子様
ドラゴン退治
魔法
と古からの物語ワクワクフォーマットをきちんと踏襲しているにもかかわらず、
「アレ、児童文学ってこういう感じだったっけ」
と思わずハテナが浮かんでしまうような物語。魅力的な王子さまの、ユーモアたっぷり、やや斜め上な冒険物語です。

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『りこうすぎた王子』

アンドリュー・ラング
福本友美子 訳
岩波少年文庫

いばら姫を思わせる冒頭から童話のパロディがすごいのです。B級映画ならぬ、B級童話...? なんと言ったらいいんでしょう。
次から次へと様々な「童話っぽい」要素がなめらかに繋がり、想像もしない展開になっていくものですから笑えますし、文章のはこびも柔らかくチャーミングです。頭のいい人が全力でふざけているみたい。最近の本かと思いきや、原書初版は1889年(明治22)ですって。昔の人のユーモアもこんなにキレ味あったんだ..と思うとびっくりします。

著者のアンドリュー・ラング氏は作家であり民族学者であり、民話や妖精物語の収集家なのだそうです。道理でと思いますが、それにしたってセンスがいいなあ。挿絵は「はなのすきなうし」で有名なロバート・ローソンで、すべてがとても洒落ています。
本当に子供向けなのかしら?


それはさておき、あらすじはこんな風です。

プレジオ王子が生まれた時、王様と王妃様がお祝いにきてくれた妖精たちに失礼な態度をとったものですから、それにヘソを曲げた一人の妖精がプレジオ王子に「りこうすぎる王子になれ」と呪いをかけてしまったのがことの始まり。

月日はながれプレジオ王子は見目よく、そして呪い通りとてもりこうに成長します。そしてりこうすぎるせいで皆から嫌われていました。
中でもプレジオ王子を特に嫌っているのは王様で、とうとうプレジオ王子たった1人を置いて別のお城に引っ越してしまいます。

そこから、ひとりぼっちになってしまったプレジオ王子の冒険が始まる...
という物語。クセが強いです。
だって王様とお妃様が妖精たちにどんな失礼をしたかというと、「妖精なんて非現実的。存在するわけがない」と言い切ったお妃様が、妖精たちを見えないフリで通したこと…というか、「これは幻覚だ」と自分に言い聞かせていたことですし、プレジオ王子が嫌われたのは、優秀過ぎて疎まれただけではなく、頼んでもないのにわざわざ正しいアドバイスをしてくるのでムカつかれていたせいです。(これは「ここが間違っているよ」「こうした方がもっと上手くいくよ」と正しく指摘しているだけですし、第一王子という立場を考えると正しい行いだとは思いますが……でもまあ、りこうすぎて周囲を少し小馬鹿にしているところが伝わっているのでしょう。プレジオ王子はりこうすぎる割にデリカシーはないですしね!)
あと、これは物語の進行上仕方ないとは思いますが、ヘソを曲げた妖精に「赤ん坊に八つ当たりはいけないよ」と言いたいですよね。


さて、まさかの展開が繰り広げられますが、我らがりこうすぎるプレジオ王子は、ちゃんと自分で活路を見出します。 ここまでも、今までに見たことのないパターンの悲劇が近代的で面白いですが、ここから更に面白くなります。

なんとこの後、美しくやさしいお嬢さんと出会って一目惚れしたプレジオ王子が、突然キャラ変するのです。
恋をした途端、今までデリカシー皆無だったくせに、人に対してどういう風に接したら「感じがよい」と思われるかを考えるようになりますし、好きな人に愛されたいと願います。これまでまったく信じていなかった魔法の力も理解します。しかもりこうすぎるので、魔法をすぐに使いこなしますし、お嬢さんの周りをはじめ、人々から愛されるようになっていきます。そしてお嬢さんと結ばれるために、国を困らせているドラゴンを退治に行くことにするのです。

(恋心だけで物語が一変するなんて、何と言うか…「わからない事もない」と思うだけに苦笑いしてしまいますが、
この絶妙なリアルさが「りこうすぎる王子」の面白さです)

そしてうわ、恋する若者って現金だな..と思っている内に、物語は待った無しで恋と魔法と冒険の物語へ。
プレジオ王子のりこうすぎるドラゴン退治は是非ご自身の目でご覧ください。挿絵もぜひ!

それにしても、
プレジオ王子が結構良いキャラなんですよ。飄々とした生意気な人ですが、根は親切で(だからこそ頼まれてもいないのにアドバイスしていたわけです)、かわいらしいところもある憎めない王子さまです。りこうすぎて見えすぎてしまう人なのに、嫌世的じゃないですし。心が健康で強いんでしょうね。
一番最後の結末で、私はすっかりプレジオ王子の飄々とした強さが好きになりました。

もし、他人からの目線で心がぐちゃりとしてしまった夜があれば、プレジオ王子の魔法と冒険と恋の物語を読んでみてはいかがでしょう。

ユーモアたっぷりの愉快なお話ですし、プレジオ王子を見ていると、湿った心がサラサラしてきます。

おやすみ図書21冊目 『星の王子さま』サン=テグジュペリ

おやすみ図書の21冊目はこちらの本に致します。

ほとんどの人が「昔この本を読んだよ」と話すにもかかわらず、ほとんどの人がこの本の内容を忘れています。 でも、何か大切な事が書かれていた気がすると言うのです。

それはさておき、きちんと読み返すと細かい発見もあり楽しいですよ。「王子さまは意外と毒舌だなあ」とか。「それは流石に言い過ぎなのでは…」と思ったり。そういう意味でも面白いです。 キツネは要求が多いし。

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星の王子さま

サン=テグジュペリ 河野万里子訳

新潮文庫

この不思議な本は、作者のサン=テグジュペリさんがこの本を書く6年前、砂漠に飛行機が不時着してしまった時に出会ったちいさな王子さまとの友情と、王子さまがしてきたという星巡りの話をまとめたものです。

この本は一般的に物語として紹介されていますが、本はあくまでサン=テグジュペリさんのエッセイのような形をとっています。

わたしは初めてこの本を読み終わった後すぐ発熱し、数日寝込みました。多分知恵熱だと思います。その後「どう考えてもあれは物語じゃないか」と、半ばお話を信じこんで知恵熱までだした自分を恥ずかしく思いましたが、今でも時々「いや、もしかしたら本当にあった話なのかもしれないな」と思う時があるのです。

星を眺めて、もしかしたらもしかして、このどこか見えない星の中に、王子さまの星があるのかもなあと思う事は、悪い気分ではありません。

星の王子さま」を読むと、王子さまがサン=テグジュペリさんにしてくれたお話や、サン=テグジュペリさんがいかに王子さまを好きになったかが胸に沁みて、とても悲しい、それでいて満ち足りた、優しい気持ちになります。

サン=テグジュペリさんが大切に思っている王子さまは元気なんだろうか。 私は私の大切な人に何をしてあげれるだろうか。

そんな事を思いながら微睡む事は、悪い事ではないなと思います。

おやすみ図書20冊目『ポエトリー・ドッグス』 斉藤倫

 

 おやすみ図書の20冊目はこちらの本にいたします。

静かに読んでも良いけど、この本なら音読してもいいかもしれません。

 

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『ポエトリー・ドッグス』

斉藤倫

講談社

ふらりと3軒目に入ったバーには犬のバーテンダーがいて、上手にお酒を作ってくれます。主人公は犬のバーテンダーははじめてだと思いますが、味がたしかならとやかくいうすじあいもないなと思い、腰を落ち着けます。

ということで主人公「ぼく」と犬のマスターの、バーでの会話をお話にした本。

ちょっと面白いのが、このバーはつきだしにナッツなどではなく詩を出すのです。

おまかせで、とお願いすると(そもそも「ぼく」は詩といわれましても、と思っています)マスターは季節やオーダーされたお酒や会話を元に、詩を選んでくれます。

そして「ぼく」は「よく分からないなあ」と詩を読みながら「こういう事ですかね?」「そういえば」とマスターと話を膨らませて、思考を詩に溶かしていくのです。

 

そもそも「ぼく」は酔っているので、その時点で少し思考が溶けているというか、ふにゃふにゃしています。

何だかまどろみがこちらにまでうつりそう。読んでいるとふわふわしてきてお布団の中にいるみたいな気持ちになります。

マスターは犬で、つきだしに詩を出すようなお店の割りに、意外と人間の気持ちに寄り添っていません。その距離感も絶妙です。

主人公との会話の中で「そんなこと犬に聞かれてましても」という反応をする所が定期的にあり、「ぼく」がええーと思っているのが笑えます。

マスターが泣きそうな気持ちの主人公の涙をわざと決壊させるような詩をスンと出し、もろにくらって涙腺崩壊した「ぼく」に「よくもこんな」と恨み節を言われても犬らしい顔でスンとしているシーンなんかもあり、ニヤニヤしてしまいます。この2人の感じも心地よいのです。

そういうバーでのやり取りを一夜、二夜、と重ねて十数夜まで続いていきます。

 

最後に紹介された詩を「ぼく」と共に読み、最後のページまで読み終わった後、ああ、これらすべての夜は必要だったんだなと思いました。

 

繰り返し読み返したくなる本です。

そしてもしこの本を読んだ友人がいれば「どの文章が刺さった?」と本を繰りながら語り合いたくなる本です。いくらでも出てきて、話は尽きなくなるでしょう。

私はこの本に出会えてとても嬉しいと思っています。

読了後、心に春が来たみたいだな、と思いました。

『チャペックの こいぬとこねこは愉快な仲間』 ヨゼフ・チャペック

 おやすみ図書の19冊目は、こどもにもおとなにもおススメなこちらの本にいたします。

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『チャペックの こいぬとこねこは愉快な仲間』

ヨゼフ・チャペック 文と絵

いぬいとみこ・井手弘子 訳

河出文庫

 

こいぬとこねこが仲良しで、一緒に暮らしていた頃のお話です。

ではじまるたのしいおはなし。

ふたりは森の中に小さいうちを建てて、仲良く暮らしています。その暮らしぶりの小話がたくさん入った本です。

読んでるともう、平和で最高。「これこれ!」という気持ちになります。

こねこがちょっとおすましで、こいぬ(チャペックさんのおはなしのこいぬですから、きっとこの子はフォックス・テリア系のワンちゃんなのでしょう)がちょっとおひとよしな雰囲気なのも、いい組み合わせで微笑ましいし、ふたりが結構適当な所もいい塩梅なんですよね。

おはなしのネタにこまった作者のチャペックさんが定期的に登場して、こいぬとこねこと話し合っているのもおもしろくて笑ってしまいます。

もしこの本を冬の寒い日に読んだとしたら、寒さで強張ったほっぺたがニヤニヤと緩んでしまうでしょうね。それから心がぽかぽかしてきて、気付いた時は、身体もホカホカとあたたまっている事でしょう。

『あしながおじさん』 ジーン・ウェブスター

 おやすみ図書の18冊目は、チャーミングなこちらの物語に致します。

 

色んな方が翻訳していてそれぞれ素敵ですが、私は遠藤寿子さん翻訳の『あしながおじさん』が大好きです。

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あしながおじさん

ジーン・ウェブスター 著  / 遠藤寿子 訳

 

孤児院で育った少女ジューディは学課の成績がよく、また作文の才能を見込まれたことから「文学者になれるように」と大学に行けるよう支援してくれる人物が現れます。その支援の条件はたったひとつ、「文章を書く練習」を兼ねて、支援してくれる篤志家 "あしながおじさん"宛に1ヵ月に一度手紙を送る事。

そういう経緯があり、ジューディからあしながおじさんへ送るお手紙、という形で彼女の青春時代を追っていく物語です。

 

さて、「お手紙だけで構成されている物語」というだけで既に面白いのですが、主人公のジューディの書く手紙がとてもチャーミングで、読んでいるだけで頬が緩んでしまうんです。

 

彼女の快活な性格や、喜怒哀楽の心がそのまま飛び出てきたような言葉たち(遠藤寿子さんの翻訳の絶品さを体感していただきたい) は、なんだか手紙を書いているジューディの姿まで見えてくるようですし、それにジューディの大学生活の、なんと楽しそうなことでしょう!

それに何ともリアルなんです。

とても物語には思えず、ジューディが本当に実在する女の子であるかのように感じます。

私の場合、読み進める内に《擬似あしながおじさん》とでもいうような気持ちになって、ジューディからの手紙を(つまり読み進めることを)心から楽しみにする程でした。

 

そして、この物語はなんと!青春物語であると同時に恋の物語でもあるのです。ジューディのお手紙の中に、分かりにくくも隠しきれない可愛らしい恋心が滲んでいくのが、"擬似あしながおじさん"(=読者)として、たまらない気持ちになるのですよ。

個人的には、普段こんなにロマンチックなお話を読まないので、非常にドキドキして、血流が良くなる思いでした。

 

春夏秋冬どの季節に読んでも素敵な物語ですが、今のような肌寒い季節に読むのもいいなと思います。温かい部屋で彼女からのお手紙を読み進めるだなんて、きっと幸せでとろけるような気持ちになることでしょう。

有名な物語ですが、あらすじを知っているだけではわからない、宝物のような気持ちを与えてくれる本です。

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ちなみに「続あしながおじさん」という本もあります。そちらはジューディの学生時代の親友サリーが大活躍する物語。(こちらも全編お手紙で、とても面白いです!)

原題は「Dear Enemy (親愛なる敵へ)」(!)

『一千一秒物語』 稲垣足穂

『星を賣る店』が16冊目でしたので、 おやすみ図書の17冊目は稲垣足穂の『一千一秒物語』に致します。

(『星を賣る店』というタイトルは、稲垣足穂の同タイトルが元ネタなのです。不思議で透明感のある短いお話で、世界観に惹きこまれます)

 

一千一秒物語』は稲垣足穂の処女作品でもあり、代表作と言われている作品です。

文庫本では表題作の他、『黄漠奇聞』『チョコレット』『天体嗜好性』『星を賣る店』『弥勒』『彼等』『美のはかなさ』 『A感覚とV感覚』の全9編が収録されています。

稲垣足穂の事は話しだすと長くなりそうですので、ここでは表題作である『一千一秒物語』の話だけしようと思います。

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一千一秒物語稲垣足穂 著 新潮文庫

一千一秒物語』はとても短いお話がたくさん集まってひとつの作品になっているおはなしです。

まるでアラビアンナイト(一千一夜物語)を思わせるタイトルですが、 冷静に考えると1001秒なので20分にも満たない時間ですね。

その冗談みたいな儚い時間設定がじわじわ面白いです。

一千一秒物語』の主な登場人物はお月様、お星様、ほうき星などで、彼らは空にいたり、カフェーで喋っていたりします。

簡潔な文章は物語の夜に透明感を与え、とても美しい予感のするお話なのですが

美しさを予感をさせておいて、 平気で偽物のブリキの月が空に浮かんでいたりするので油断ならないのがこの世界観です。

それにお月様もお星様も、ほとんどの話で喧嘩をします。

しかも、壁に頭を打ち付けたり、ピストルで撃ちあったりと物騒なかたちで。(カフェーで銃撃戦もしていた)

でも、一話がとても短く独立しているため、殺し合った次の話では早速蘇って『一千一秒物語』が続くのです。

洒落た装いの星々が喧嘩ばかりする乾いた世界観なのかと思いきや幻想的なおはなしも多く、読み終わると美しい印象ばかりが残り、目の奥で星たちの輝きが見えるような気すらします。

本のページをめくるごとに感覚を狂わされた挙げ句、本の中からポイッと吐き出されてしまう様な、物語に読み手が全く大切にされていない感じがすごい、それでいて魅力的な不思議な作品です。

私たちは手の届かない美しいものにからかわれた後、少し気だるくなって眠る事でしょう。

 

ではグッドナイト! お寝みなさい。 今晩のあなたの夢はきっといつもとは違うでしょう。

『星を賣る店』 クラフト・エヴィング商會 

私が思うに、何も考えたくないけど心が落ち着かない夜は、 ものすごい短文もしくは図録がおすすめです。

手に取ったそれを、文字を読むというより、柔らかく目を通す、位の感じで読むと、 心がやがて和んできます。

選ぶ本は、そんな読書方法を許してくれそうな(何に許してもらうのか、という話題はさておいて…)、寛容そうなものだとなお良いです。

という訳で、

おやすみ図書の16冊目は、「クラフト・エヴィング商會」 という不思議なセレクト・ ショップが仕入れた商品の図録に致します。

文字を読んでも、何となく眺めるだけでも

美しくてユニークな考えがこの世にはあるんだなと思える本です。

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『星を賣る店』
クラフト・エヴィング商會 著
平凡社

 

この本は2014年に世田谷文学館で開催された「クラフト・ エヴィング商會」ーー「ないもの、あります」 の看板を掲げ麗しくも奇妙な製品を在庫にもつーーによる棚卸的展覧会の公式図録で、一般書籍としても販売されている本です。


本の前半では「クラフト・エヴィング商會」が仕入れたという商品の紹介、後半は、同商會が手がけた書籍の装丁を紹介しています。


図録ではありますが紹介文や内容が面白く、展示会を知らなかった人が読んでも十二分にたのしい。 一般書籍として発売されているのも納得です。

 

この図録を「クラフト・エヴィング商會」 について何も知らない人間が突然読んだら、異世界にさらわれた感覚になるんじゃないかしら。

 

「何だか変」と思いながら、その品々の良さ、 ありそうもないものがあるような気がするケムに巻き感 、の割に堂々とした文章、のもつユーモアや素敵さに惹きつけられてしまう事でしょう。

お品物にも文章にも装丁にもお客様の声にも全てに茶目っ気と愛があって、疲れた心が癒されます。

 

今夜夢の中に持って行くアイテムを探したい人は、商品カタログとして読む事もおすすめです。